東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8458号 判決 1963年6月28日
判 決
東京都練馬区関町二丁目八六〇番地
原告
神宮司進
同所
原告
神宮司トシ子
右両名訴訟代理人弁護土
紺野稔
東京都新宿区戸塚一丁目五五五番地
被告
東京自動車タイヤサービス株式会社
右代表者代表取締役
福江和郎
右訴訟代理人弁護士
安田進
右当事者間の損害賠償請求事件についてつぎのとおり判決する。
主文
1、被告は、原告等に対し各金三〇万円およびこれに対する昭和三六年一〇月三一日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の割合の金員を支払え。
2、訴訟費用は被告の負担とする。
3、この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。
事実
原告等訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決および仮執行の宣言を求め、その請求原因として、つぎのとおり述べた。
一、訴外岩田博は、昭和三六年一〇月三一日午後四時頃東京都練馬区関町二丁目七三番地先道路上においてその運転する小型貨物自動車(四―な―六一二七号)の前部右側を該道路を横断中の訴外神宮司孝子に接触して同人を転倒せしめ、更に車輪で轢いて死亡させた。
二、訴外岩田博は、被告の被用者であつて、右事故の当時被告のために右自動車を運転していたものであるから、被告は、自動車損害賠償保障法三条の規定により訴外神宮司孝子の死亡によつて生じたつぎの損害を賠償すべき義務があるものである。
三、被害者孝子は、原告等の長女であつて、昭和二九年一二月八日出生、当時小学校一年生であつた。原告等は、孝子の不慮の死に遭い、筆舌に尽しがたい悲しみをうけた。特に原告トシ子は、その精神的打撃甚しく、悲しみの余り病に倒れて入院加療するまでに至つた。原告らのこの悲しみを慰藉するに足る金銭の額は各原告について三〇万円をもつて相当とする。
四、よつて、原告等は、被告に対し各三〇万円およびこれに対する孝子死亡の日である昭和三六年一〇月三一日以降右完済に至るまでの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。
五、被告の被害者の過失によつて本件事故が生じた旨の主張は否認する。本件事故は、訴外岩田の前方注視義務を怠つたことに起因するものである。
六、被告は、自賠法三条の規定によるその損害賠償責任を争うけれども、自動車運行供用者が何人であるかは、単にその車の所有者が誰であるかのみによつて定めるべきではなく、自動車の運行がどのような形態と手続によつて行われ、その運行による利益が何人によつて享受されているかを総合的、客観的に観察して定めるべきである。
(1) 被告は、昭和三六年四月二九日本件自動車を訴外高橋に代金完済と同時に名義書換する約定で売却したと主張するけれども本件事故当時名義書換を了えていたものではない。道路運送車輛法五一条の規定によれば、自動車所有権の対抗要件は同法による登録であるから、被告は第三者たる原告らに対し自己が所有者でないことを以て対抗することができない。
(2) 自動車運送車輛法五八条の規定によれば、自動車は、その使用者が検査票の交付をうけたものでなければこれを運行の用に供することを許されないのであるが、本件自動車については、被告会社が使用者であり、かつ使用の本拠は使用者の住所であるとして検査票の交付をうけている。したがつて、本件事故の際実際にこの自動車を使用していた者が訴外高橋であつたとしても、その使用は被告会社の登録名義と使用名義のうえにおいて行われたものであり、かつ被告はこれを許容していたのである。
(3) 被告は、本件事故当時訴外高橋が本件自動車で運送業を営むについて自らその顧客から注文をうけ、代金をうけとり、この中から自動車代金を差引き、残額を訴外高橋及び訴外岩田に交付していたのであるから、本件自動車運行による利益を享受していたものということができる。
以上の事実によつて、客観的、総合的に考えれば、被告は本件自動車を自己の為運行の用に供したものであつて、自賠法三条の規定による責任を負う者である。
七、訴外岩田博と原告らとの間に示談が成立した旨の主張は否認する。
被告訴訟代理人は、「1、原告等の各請求を棄却する。2、訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁としてつぎのとおり陳述した。
一、請求原因第一項(事故の発生及び被害者の死亡)は知らない。
二、同第二項(被告の責任原因)は否認する。訴外岩田博は被告の被用者でなく、訴外高橋政勝(東京都北多摩郡東村山町野口六九八番地)の被用者である。本件加害自動車は、もと被告の所有であつたが、被告は、昭和三六年四月二九日これを訴外高橋に代金一〇五、〇〇〇円で売り渡す旨約定し、金利、五、六一〇円および自動車責任強制保険の保険料二、五二〇円を買主の負担とし右代金等の支払として即日金二万円を支払い、残金は、同年五月末日限り一四、四三〇円、六月以降毎月末日限り完済にいたるまで一四、三〇〇円宛支払うものとし、即日自動車を引き渡し、その移転登録は代金完済と同時にすべき旨定めた。したがつて、訴外高橋は、自ら訴外岩田博を雇い入れて右自動車の運転に従事せしめていたのであつて、被告は、右自動車を自己のため運行の用に供していたものでなく、本件事故は被告のためにする運行によつて生じたものではない。
三、請求原因第三項のうち被告等が訴外孝子の両親であつて、孝子が原告等の長女であることは認めるが、その余の事実は知らない。
四、本件事故は「ゴウ」で進行中の加害車の直前に反対側で停車中の車の間から被害者孝子が飛び出した為のものであつて、このような場合、進むも退くも事故の発生は免れえない。全く被害者のみの過失というべきである。
五、加害者たる訴外岩田博と原告等との間には示談が成立し、残余の損害については権利がない旨の契約が成立しているから、原告等の請求は理由がない。
(立証関係)<省略>
理由
一、請求原因第一項(事故の発生及び被害者死亡)の事実は、<証拠―省略>によつて認めることができ、反対の証拠はない。
二、原告が本件事故による被害者の死亡は被告のためにする自動車運行によつて生じたものである旨主張するに対し被告においてこれを争うから考えるに、<証拠―省略>によれば、本件事故当時本件加害自動車は、被告会社の名義で登録され、その検査証もまた被告会社の名義で東京都知事から発行されていたことを認めることができる。しかし、<証拠―省略>を合せ考えるときは、(1)本件自動車は、もと被告の所有であつたが、被告主張のとおり被告から訴外高橋に売渡したものであること、(2)右売渡契約後もそ契の所有登録名義、検査証名義は依然被告会社となつていたが、それは代金元済まで所有権が被告に留保されていたためであること。(3)訴外高橋は、本件自動車を買いうけ、引渡をうけた後、訴外岩田博に本件自動車を運転させて上野松阪屋の荷物の配送業を営んでいたが、昭和三六年九月六日訴外岩田が本件自動車運転に就労した際には訴外高橋の業務に従事するものであることはかならずしも明かにされず、同訴外人は被告会社に雇われ、同会社から給料の支払をうけているものと考えていたのに、業務の模様からして訴外高橋に雇われているらしいと感付くようになつたけれども自動車は被告会社から乗り出し、被告会社に格納していたこと、(4)被告会社では本件自動車による訴外高橋の運送業のために仕事の斡旋をし、その料金をうけとり、このうちから前記自動車売買の月賦金、ガソリン代金の差引等をしていたこと及び、(5)訴外岩田は事故の前日本自動車を修理のため所沢市北野一八五五番地なる自宅に乗つて帰り、当日空車のまま置場所である被告会社に運ぶべく、運転の途中本件事故を起したものであることを認めることができる。
以上の事実によつて考えるならば、本件自動車は、その売買契約にかかわらず、代金完済のあつたことを認めることができないから、本件事故当時も被告会社の有有に属していたものというべく、被告会社はその所有に属する本件自動車を提供する等の方法によつて訴外高橋の運送営業に協力したものであつて、本件事故はその営業のためにする本件自動車の運行によつて生じたものと認めるのが相当である。果してしからば、被告は本件事故の当時本件自動車を運行の用に供した者であつて、前認定のとおり運転者たる訴外岩田が訴外高橋の運送営業に従事中に惹き起こした事故と認めるべきものである以上、訴外岩田の雇主が実体法上被告であるか、訴外高橋であるかはかならずしもこれを確定するを要しないのである。従つて、他に格別免責事由を主張しない被告は、自賠法三条一項本文の規定により、本件事故によつて生じた後記損害について賠償の責に任じなければならないのである。
三、原告両名が被害者孝子の両親であつて、孝子が原告らの長女であることは当事者間に争がないところであり、自動車交通事故によつて幼児をうしなつた両親の悲哀とやる瀬ない心情がどんなものであるかは容易に察しのつくことであるが、<証拠―省略>を合せ考えて認めることができる原告夫婦の身分、職業および年令、原告トシ子が悲痛の余り葬式後間もなく肺結核をわずらい、昭和三六年一二月二六日から昭和三七年九月八日まで清瀬の国立療養所東京病院に入院したこと、被告にしても、訴外高橋にしても、原告等に対し格別弔慰の礼を尽したと認めるに足るものがないこと並びに後記本件事故発生の原因及び状況を斟酌すれば、被害者孝子の死亡による原告の精神的苦痛を慰藉すべき金銭の額は各々についてその主張の三〇万円を下らないものと認められる。
四、被告は、本件事故は全く被害者のみの過失であつて、原告の過失でない旨主張する。ただこの主張だけでただちに被告が免責されることにならないことは自賠法三条但書の規定の趣旨からして明かであるけれども、前記慰藉料額判定の関係から考えるに、<証拠―省略>によれば、加害者岩田は、関町三丁目交叉点で大型トラツクに続いて停車し、信号が青になつたので再び進行を始めたが、前のトラツクが右折していつたので、直進車中先頭に立つて時速約四十粁で進行したところ、進行方向の反対側道路に信号待ちしていた多数自動車のうち貨物自動車の後方からとび出してきた被害者を約四米半斜右前方に発見し、急停車の処置をとつたが及ばず、被害者の前方右ライトの下バンバー附近を被害者に接触させ、転倒せしめるにいたつたことを認めることができる。このように反対側に停車中の自動車が多数あるときは、自動車の間から横断を取えてする歩行者があり勝ちであるから自動車運転手としては、何時かかる横断者があつても運転車を即時停車して衝突をさけることができるよう緩い速度で進行すべきであるのに、加害者岩田はそのような注意を払わず、漫然四〇粁の時速で進行してこの事故を起したのである。訴外岩田はこの点において自動車運転上の過失を犯したものといわなければならない。すでに運転者岩田がこのような過失がある以上、被告は本件事故による損害の賠償についてその責を免れることをえないのである。
五、なお、被告は訴外岩田と原告らとの間に示談契約が成立しているから、被告もその利益をうけるかのような主張をするけれども、示談契約の成立を認めるに足る証拠は何も存在しないばかりでなく、たとえそうような示談契約が成立したとしても、それはその契約当事者を拘束するにとどまり、訴外岩田の場合と責任の根拠を異にする被告の責任になんらの影響も及ぼすものではない。被告の主張は採用に値しない。
六、よつて、被告に対し慰藉料金三〇万円とこれに対する被害者孝子死亡の日である昭和三六年一〇月三一日以降右完済にいたるまでの民法所定の年五分の遅延損害金の各支払を求める原告等の各請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民訴八九条の規定を、仮執行の宣言について同一九六条第一項の規定を適用し、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二七部
裁判官 小 川 善 吉